

サッカーの道を失い、プライドを捨てて留学を決意
僕は5歳の時からサッカー一筋で、高校も大学もスポーツ推薦で進学してきました。でも、大学2年生の時に大怪我を負ったことで人生は大きく変わりました。治療がうまくいかず手術は3回にわたり、入院生活は1年間に延長。「自分にはサッカーしかない」と思っていたのに、医者からは「プロの選手を目指すことは難しい」と言われてしまいました。リハビリの日々は本当に辛く、先のことを考える余裕は全くありませんでした。
それでも少しずつ落ち着いてきた頃、自分の長所を改めて振り返るようになり、国際系の大学に進学していた僕は、思い切ってイギリス・マンチェスターへの1年間の留学を決意しました。無口で人見知りが激しかった自分にとって、ハードルはかなり高いものでしたが「行くからには喋れるようにならねば」と思い、プライドを捨てる覚悟で臨みました。

初めて知ったコミュニケーションの楽しさ
イギリスのマンチェスターを選んだのは、やっぱりサッカーが好きだったからです。マンチェスターはサッカーの街として有名で、いたるところに試合を観戦できるバーがあります。僕も現地でサッカーチームに所属して、ユニフォームを着てスポーツ観戦に通うなど、本場の空気を楽しみました。
もともと人と話すのが得意ではなかった自分ですが、マンチェスターではサッカーを通して、現地の人とたくさん交流しました。バーでは自分から話しかけずとも、みんなが自然に話題をふってくれますし、スタジアムでは隣の人が「日本に行ったことがあるよ」と声をかけてくれることもありました。これまで知らない人と話す経験がなかった僕は、気づけば自分からも話しかけるようになり「人と喋るのはこんなに楽しいことなんだ」と驚きました。20歳を過ぎて、初めて知った感覚でした。

旅先で次々と出会う新しい自分
ホームステイ先は6人家族でしたが、ことあるごとに15〜16人の親戚が大集合してパーティーを開くので、とても賑やかな環境でした。「タッペイは明るい子だから、人と話す仕事が向いていると思う」と言われたとき、自分では人見知りだと思い込んでいたのに、外から見た自分はまるで違うのだと驚きました。
次第に僕は人前で歌ったり踊ったり、これまでの自分では考えられないほどオープンな性格になっていきました。幼少期にダンスを習っていたこともありましたが、これまで人前で踊るのは恥ずかしいと感じていたんです。そうして気づけば僕は、人とのコミュニケーションを仕事にしたいと考えるほどになっていきました。

コミュニケーション力が活かせるホテル業界へ就職
帰国を目前に控えたころ、知人の紹介でホテルの仕事に縁があり就職を決めました。英語とコミュニケーション力を活かせる仕事で、今の自分にぴったりの話でした。就職先が決まったことを報告したとき、ホームステイ先の家族はサプライズで盛大なお祝いパーティーを開いてくれました。出会ってまだ1年ほどの、いわば他人である自分のためにそこまでしてくれるなんて、と涙が出ました。
今はホステルに転職し、ランニングイベントのガイド役など、ゲストとの交流にやりがいを感じながら働いています。無口で人見知りだった自分が、こんな風に働いているなんて、考えてもみませんでした。周りから「話すときの顔つきが変わったね」と言われることもあります。この経験から僕は、目の前に選択肢があれば自分の可能性を信じてまずは「イエス」と言うようにしています。そんな自分になれたことを嬉しく思います。