

アメリカの田舎町から、広い世界へ
私は、アメリカのオクラホマ州で生まれました。外国人の少ない田舎で育ちましたが、大学を卒業して日本への移住を決めるまで、どこか違う文化圏に惹かれ続けてきた気がします。
まずは、大学で韓国からの留学生に多く出会ったことが、一つの転機となりました。みんなの話を聞くたびに韓国への興味がわき、夏休みを利用して3ヶ月の留学を決意。短い期間でしたが、これが初めての海外であり、自分にとって衝撃的な体験となりました。
また、バックパッカーの友人に誘われて10日間ほどヨーロッパに行ったこともありました。些細なことから友人と喧嘩になってしまい、恥ずかしながら私は一人ローマの公園で泣いていました。すると、見知らぬイタリア人の男性が3人「なんで泣いてるの?」「公園で一人で泣くなんてありえないよ」と話しかけてくれました。それから5分後、3人はなんと花束を持ってきて、突然アメリカで有名な『ザッツ・アモーレ』を歌い始めたのです。あまりに予想外の展開に、思わず笑ってしまいました。その後心はすっかり軽くなり、友人ともすぐに仲直りできました。イタリアでは道を歩いていると、開け放った家の窓から大きな話し声と笑い声が聞こえてきます。まさにイメージ通りの明るい国民性を感じました。
韓国もイタリアもアメリカとは全く違う文化圏で、海外を知らなかった私にとっては驚きの連続。こんなに世界は広いんだと感動しました。

日本の文化と出会い、まわりを尊重する自分に変化
特に日本での経験は、私にとって大きな変化をもたらしました。日本との出会いは、高校生の時、日本のアニメにはまったのが始まりでした。大学で日本語の授業を受講した私はその楽しさに目覚め、韓国に続いて京都にも1年間の留学に行きました。そこでもまた日本の文化に惹かれたことが、現在の移住に繋がっています。
アメリカはよくも悪くも「自分」を一番に考える人が多く、主張が激しいので喧嘩が絶えません。一方日本人は、ルールを守ったり、意見を合わせたり、まわりを尊重する文化がありますよね。大学卒業後、語学学校に通うために住んだ「大阪」は、アメリカと日本のちょうど間の文化のように感じました。私にとって一番居心地のよい場所かもしれません。

日本の文化を知り、人との付き合いがスムーズに
先日、親戚の誕生日にあわせてアメリカに帰国した時、まわりに「なぜそんなにお辞儀しているの?」と不思議がられました。お店に入った時、店員に対して「お水をください」「料理はこれをください」など、「Please」を繰り返していることにも、周囲の指摘で気がつきました。アメリカでは「I want」や「Can I have〜?」の表現が主流で、「I(自分)」が中心です。私は知らず知らずのうちに日本の文化に影響されていたようで、「〜ください」と言わなければ、気持ち悪く感じるようになっていました。
最近は、みんなの意見を聞いたうえで「私はこう思うけど、あなたはどう?」と、思いやりのある話し方にもなりました。他の人の意見にリスペクトを持つことで、人づきあいがスムーズになった気がします。
